熱力学の世界を歩く

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熱力学メモ

I. エントロピーとは何か-<ひとつの解釈>-
 
 エントロピーが熱力学で重要な概念であることは言うまでもない。しかし熱力学学習者にとって、エントロピーの内容を理解することは、容易ではない。その理由の一つに、一見無関係に見える現象、例えば、周囲からの加熱されている物質、水中に滴下され拡散するインク、気相での解離反応が進行中の気体混合物、がいずれもエントロピー増大の過程にあると一括されるため、エントロピーの物理的化学的描像が把握されにくい、ということがあると思われる。「エントロピーとは何か」を知るには、ボルツマンの原理*に基づいた理解が必要である。この項で以下に示すのは、この原理に基づいた説明の素材となるはずのメモ書きである。いつの日にか、簡潔で具体性のある記事に仕上げたいと思っている。
*ボルツマンの原理  ボルツマンによって見出された関係式 S = kln
W (S; エントロピー、k; ボルツマン定数、W; 熱力学的確率)をボルツマンの原理という。

[メモ断片 1] 
情報論で扱うエントロピー SI と物質のエントロピーSM とは、つぎのように似た形で表わすことができる。
     ・・・(a)

  ・・・(b)

   ・・・(c)

 物質を扱う者にとって理解したい式は(c)であるが、ここでの問題「エントロピーとは何か」を広い視野で考えるために、SI,1SI,2について先に考える。

 多数のカードに中から特定の1枚のカード(例えば、私の最も気に入っているカード)を相手に選び出させる過程をかんがえる。始めに、カード全体(偶数枚とする)を二つのグループに等分し、特定のカードがとちらのグループに含まれているかを相手に推定させ、選ばせる。それが当っていれば「はい」、当っていなければ「いいえ」と、私が答える。その答えにより、相手は特定のカードが含まれているのはどちらのグループかがわかる。つぎに、そのカードが含まれているグループを新たに二つのグループに等分割し、特定のカードがどちらに属するかを推定させる。それが当っていれば「はい」、いなければ「いいえ」と私は答える。これを繰り返せば、特定のカードが何かを当てさせることができる。例えば全体のカード枚数が8枚であれば、3回の質問で特定のカードがわかる。一般的には、カードを当てるのに必要な質問回数をSI,1、カード全体の数をWとすれば、式(a)が成立する。

 多数のカードから特定の1枚を当てさせるのは、グループの数を(a)のような2でなく、10にしても行なうことができる。このとき、各グループの名前を0から9までの10種類の数字で表すとする。(a)では、相手の推定とそれへの応答毎に特定カードを含むグループは2等分されていったが、ここでは推定とそれへの応答を何回か繰り返して、10グループの中のどこに特定カードが属するかを見極めた後で、特定のカードが属するグループを10等分する。1回の推定で特定カードのグループがわかるときもあるが、大抵の場合は何回か、推定と私の「いいえ」の返事を繰り返した後に、特定のカードのグループにたどり着く。この特定のカードを含むグループを突き止めるまでが第一段の過程である。つぎに第一段で当てたグループを10等分し、推定と答えを繰り返し、特定カードがどのグループをにぞくするか、を突き止める。これが第二段の過程である。この繰り返しにより、何段目かで特定のカードは何かを当てさせることができる。例えば、カード全体の数100枚であれば、2段階で特定のカードを当てることができる。カードを当てるために必要な段階の数をSI,2、カード全体の枚数をWとすれば、式(b)が成立する。 

 以上2つの場合をまとめると、(a)のSI,1はカード全枚数の2進法による桁数の目安、(b)のSI,2は10進法による桁数の目安を表している、と言える。「目安」を入れたのは、一般のWに対して SI は整数でないためである。これらからSI をカードの集合から特定のカードを選ぶときの「選びにくさ」、カードの集合の中で特定のカードが持っている「あいまいさ」である、という説明が可能になる。
 つぎに考察の対象を物質に移す。任意の環境に置かれたある物質、例えば、25℃、1気圧の実験室にある硫黄の塊り、は多くのミクロな状態から成っている。状態の数をW で表わすと、その物質のエントロピー SM は (c) で表わされる。
先のカード当てでは、Wはカードの枚数だったが、ここではW はミクロの状態数になっていることに注意していただきたい。一般には、対象とする物質が気体であれば、並進運動の寄与があるため、その SM は、液体や固体の物質より大きい傾向を示す。

[メモ断片 2]
 図1に示した構造の架空の分子AB6を用いて、この物質の振動運動のエントロピーについて説明する。原子Aは重いが原子Bは振動しやすく、どのBも互いに独立に単振動するものとする。従ってどの振動も同一の振動数である。E=10(kT)の振動エネルギーに対して、図2に示したように、(a)~(d)の型がある。同図からこの分子の振動パターンの数、W、は 111( = 60+15+30+6 ) であるから、この数値を式 (c) に入れて計算すると、 (S/k) = 4.710 になる。この数値は、振動パターンの数の大きさをe-進法で表示したときの桁数を表している。「何故物質の場合にe進法か」については、つぎの項目IIにまとめた。

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II. 物質のエントロピーが、微視的配置状態の数(=W)の自然対数で表わされるのは何故か


1. どのような成分、相の物質も、その物質を構成する分子の数とそれが有するエネルギーが指定されている場合に、一般的には、微視的配置数W の異なる状態が幾通りか可能である。その中で、微視的配置の数が最大になる状態、従って logeW が最大になる状態が、実際に出現している物質の状態である。

2. この状態での、異なるエネルギー準位の間に分配される分子数の比を表わす式、Boltzmann分布の式、が、Lagrangeの未定定数法により、つぎの形に導かれる。bLagrangeの乗数とよばれる定数である。

3. これから、希ガス1モルの熱エネルギー、U - U0 、をつぎのように表すことができる。

4. 希ガスのモル熱エネルギーはモル熱容量実測値から分かっている。

5. 上の3と4を一致させるには、つぎの式が必要である。

6. 以上の事実および logeW = (S/k)S を定義することにより、は統計力学の体系に組み込まれ、未定定数の物理的意味が明確になることがわかる。 logeW = (S/k) と定義した根拠は「孤立系におけるエントロピーは平衡状態で最大である」という表現が可能な熱力学第二法則にある。自然対数以外、例えば常用対数、で (S/k ) を表すと、3 において熱エネルギーを実測値と比較できる形で表すことができなくなる。このことは、自然対数以外の方法でエントロピーを表すと、その内容に科学的意味付けをすることができない、ということである。                 
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III. Boltzmannの原理、S=klnW、からエントロピーバランス式を導く過程について


 非平衡熱力学を学ぶとき、エントロピーバランスの式を理解することが必要になある。この辺りを理解する上で、"北原和夫他著「非平衡系の科学I 」、講談社サイエンティフィク、1999年" が有益だった。学んだことが記憶から薄れないように、要点を自己流にまとめてみた。このメモ書きは一時的なものであり、一層の肉付けが必要と感じている。


 単一成分(A)のマクロな気体について考える。エントロピーSAのボルツマンの原理に基づく式はつぎの通りである。

                            (1)

(1)をStirlingの近似した後に、Boltzmann 分布の式(2)を適用すると、 式(3)が成立する*
    
                       (3)
多成分の気体では、各成分で式(3)に相当する式が成立するので、混合気体のエントロピーSはつぎの形になる。
                  (4)
ここで局所平衡の原理が成り立つことを前提として、考える対象をマクロな気体から、流体の部分系(単位体積)に移す。部分系のエントロピー(エントロピー密度)をs、内部エネルギーをe、成分aの濃度をraで表わす。部分系の全エネルギーeは、式(5)のように、内部エネルギー、運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの和であるので、マクロ系での式(4)に対応する部分系での式は(6)になる。

     (5)
上式で右辺第二項は運動エネルギー密度、第三項はポテンシャルエネルギー密度である。

                                   (6)

(6)を時間で微分する。これにより、つぎのGibbs-Duhemの関係  が成立することを考慮すれば、式(7)が成立する。

     (7)

上式をオイラー微分に変換すると、式(8)になる。

            (8)

(8)の右辺第一項にエネルギー保存則 を代入する。
また第二項に
運動量保存則 、第三項に質量保存則 を代入する。
これにより式(8)は、式(9)、エントロピーバランス
の式、になる。
    
          (9)                    

* 「バーロー物理化学(上)第6版」、G. M. Barrow 著、大門、堂免訳、東京化学同人、1999年。
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IV. 二つのエントロピーバランスの式の間の関係


エントロピーバランスの式は、非平衡過程を考える時の拠り所となる式であり、極めて重要である。この式はマクロ熱力学におけるGibbsの式から導き出されるのであるが、その形は1つではない。ここでは北原氏らによる表現と妹尾氏の表現とを比較する。

 

A. 北原氏の表現 (文献1)

B. 妹尾氏の式 (文献2)

つぎの二つの記号の書き換え(変換)をすれば、式(1)は式(2)に変換できることがわかった。

1. 2. srsに変換する。

(1)左辺は、つぎの変形により、式(2)左辺になる。

(1)右辺は、つぎの変形により、式(2)右辺になる。

上式の4行目から5行目への変換ではつぎの関係を用いた。

  

従って、式(1)と式(2)は同一の内容である。式(1)は流体系外部に固定された座標系で部分系の変化を表しているのに対し、式(2)は部分系とともに動く座標系で部分系の変化を表している。

 

 文献1. 北原和夫他著「非平衡系の科学I 」、講談社サイエンティフィク、1999年。

 文献2. 妹尾学著「不可逆過程の熱力学序論第二版」、東京化学同人、1983年。
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